213 の高尾山歩き          

回数

213

日付

2000.9.16(土)

天気

歩いたコース

・JR高尾駅北口→バス八王子城跡バス停→ご主殿跡→八王子城山→八王子城跡バス停→バスでJR高尾駅北口

同行者 藤井

コメント

○ 今回は来週土曜日に太極拳の稽古仲間と山歩きする予定となっている八王子城山に、幹事役をおおせつかった二人で下見に出かけた。あいにく、途中で天気は悪化して、土砂降り雨と雷鳴の鳴り響く中を歩いた。同行の藤井さんも10年前には八王子城跡によく来ていたということです。
○霧が濃く立ちこめている雨の中、登り口で一人の男が突然現れて、声を掛けられた。「我々が最近見つけた石像のある道があるんだがよかったら案内してあげましょう」と言う。この人は石井さんといって、退職後仲間と一緒にボランティアで八王子城の整備をしている。自分たちが整備した道をみんなに知ってもらいたいらしい。石井さんの後を付いていったら小社の前にテントが張られていて、中に2人の男がいた。石井さんの仲間である。たしか小社の前は竹藪で囲まれていたはずであったのだが、今はきれいに刈られてビニールヒモで小道が区分されていた。仲間の一人で崎山さんという人が新しく作った薮の中の小道をを案内してくれた。この人は「城下検証士」と言う資格を持っているアマチュアの郷土研究家。道の途中のあちこちに大きな石像が立っていた。なかには横になったままのモノもあった。これらは昭和の初期にこの薮の持ち主であるいまは渋谷にある「福全院」の先代の住職がどこからか持ち込んで置いたものだという。薮に隠れて今まで人目を見ることがなかったが、石井さん達の努力で陽の目を見たわけだ。全部で20体あるという。石像自体は明治の時代に彫られたモノだそうだ。人の丈ほどの立派な石像が点在するこの小道は一人がやっと通れるほどの幅で、小社から薮を縫って御主殿広場までの道で300メートルほどある。城が出来た400年前の北条氏の時代からこの道はあったそうで、「下の道」と言われて下層階級の者達が殿様の居る御主殿館に通った道だという。
○御主殿跡広場で案内役の崎山さんに別れて、広場の奥から「殿の道」で頂上に登った。この道は一年ぶりだ。石井さんたちからも「よくあの道を知ってましたね。」といわれた。今ここを歩く人は殆どいないようでひどく荒れていた。われわれも途中で道を間違えたほどだ。
○頂上では雷雨鳴り響く中を無人小屋でびくびくしながらおにぎりを食べて、早々にびしょぬれになりながら参道をつかって下山した。
○下山したら石井さん達一行はいなかった。石井さんたち以外に往復のバスの中とも誰にも会わなかった。来週は晴れるといいなー。


213回目の写真










小社の前で、手ぬぐいを首にかけている人が石井さん。





















横たわっているのは土から掘り起こしたばかりの石像。三分の一ぐらいは土に埋まっていたそうだ。




































石像はみんなか姿・形が異なる。































なかなか立派な石像もある。






























この石像は千手だ。晴れた日にゆっくり鑑賞したいものだ。















各石像は薮の中に立っている。周りの竹は刈られていた。











































御主殿跡広場には曼珠沙華が咲き始めていた。















王子城山頂上の大杉。
雷がひどくなって、この杉に墜ちるのではないかと心配した。